頭を垂れたままくれんぼしよう

隠居臨也

そりゃあシズちゃん、鶏が鳴いたら朝だよ。時間に取り残された男が至極当然だというようにそう言った。呆れたように薄く笑って蒔きを放り入れる。音がパチパチと弾けた。ささくれ立った蒔きを掴む手がやけに白く滑らかであったので思わず、違和感に伴う嫌悪から顔を顰めた。指先に傷が付くことを今更ながらに危惧しているのだと思うと自らのことながらうんざりした。
何が変わったというのだろう。蒔きが燃えて、煙が巻き起こる。時々咳き込みながらも内輪を揺らすこいつが、あの頃からどう変わったと言うのだろう。ゆっくり立ち上がり目を細めて橙を見つめるその背が微かに震える。次いで静かに呟いた。

「シズちゃん、薪割り」
「自分でやれよ」
「あのさあ、自分がなんのためにいるか分かってる?」
「薪割りのためかよ」
「当然」

じゃ頑張ってね、なんて言い残して臨也は家の中に入っていく。ざり、と草履が砂を擦る。深く溜め息を吐いてから斧を持ち上げたら、思い出したように臨也が振り返って言った。

「今日はさつまいもご飯にしようか?それとも五目おこわという選択肢もあったりするよ」
「さつまいも」
「わあ、シズちゃんと意見が一致するなんて」

にこりと笑ってひらりと手を振った。顔を顰めたままそれを見送ると静かに閑散とした庭を見渡した。並んで植えられた木の葉は色を変え始めていた。青々としていたあの面影はもはや存在しない。寒々しくもどこか懐かしい空気を伴って風が流れていく。

時間に取り残された、忘れられた男がここでひっそりと暮らしている。しかし男は境遇を否定した。「違うよシズちゃん、俺が置いてきたの」古びた置き時計は今日も針を進めない。どこが変わったと言うんだろう。なんにも変わっちゃいない。
もうずっと昔、白魚のようなその手で、臨也は螺子を外した。


title:彗星03号は落下した