脳は覚醒する

美大生パロ。

一色による暴力を目の当たりにしていた。

暫くして分かったことだが、彼は自分の世界を表現するのがとても上手なのだと思う。見たもの感じたもの思ったことをありのままに反映する、つまりは感情表現としての製作物。媒体は何でも良かった。キャンバスでもチラシの裏でも紙粘土でも水滴で曇った窓ガラスでも、それはもう楽しそうに謳歌していた。

それがいつからか、感情表現の手段として限定されてしまった。
つう、と滴る黄色のすじ。いつもよりどぎつい色を描きなぐって息を乱すエイジを静かに眺めていたのだけれど、泥に塗れてしまって思わず嘆いてしまう。

「新妻さん」

邪魔をしてはいけない。はじめにそう教えられていたのに僕はその絵の具だらけの賑やかな手を掴んだ。眼下で丸い頭が揺れる。

「どうしたんですか」
「何でも無いです」
「なくないでしょう」

瞬間、絵の具が勢いよく飛びかかってきた。手首が振られるのを認識したのと目をつむったのはほぼ同時だったと思う。指で拭って数秒、思わず顔をしかめた。真っ黒な液体がだらだらと目の上から伝う。

「何をそんなに、」

肩で息をしながらぎらついた目で睨まれて、それでも引けなかった。どうせがたがた震えているくせに。強がったって仕方ないのに。きつく眉を寄せたエイジの頬には青い絵の具がこびりついていた。キャンバスを見たって今や面影は無く、それでも確かに存在したであろう青を乗せてエイジは睨み付けてきた。僕はもう何よりも彼の前髪から垂れる朽葉色に腹が立って仕方がなかった。だってまだ枯れちゃいないだろうに。
手首を強く握り締めたまま、殆ど衝動的に机に置かれた紙コップを掴んで目の縁が赤くなっているその顔目掛けて水を放った。途端に破裂する無色透明。

「あ、…?」

それはまるで鼓動一回分の瞬間、エイジは目を見開いたかと思うとパッと俯いてしまった。うっすら覗いた本来の色、じわりと湿っていく襟、首筋を流れていく色水。
ほんの少し、惨めだと思った。こんなことでしか表現出来ないのは果たして素直なのかどうなのか、僕には分からないわけだけど、なんだかとても不器用に見えてそれならばいっそ泣き喚いてくれた方が分かりやすいのになぁと思う。指の力を緩めれば右手はするりと抜け落ちて左手が顔をこすった。横に伸びる青。彼は気付いているだろうか。塗りつぶしたその下には何があったのか。俯いた水滴の中で震えた言葉に息を吐く。
ねぇ、言ってくれなきゃ分かんないんですよ。気付くのが遅くて、ごめんなさい。
膝をついて覗き込んだ表情に、少しだけ懐かしさを覚えた。