幸せで時間を止めて

Dependence Intentionから

我儘になろうか。今までどんなことだって許してきた。どんなことだって押さえ付けてきた。それを今ここで外してしまおうか。君のことでなら、どこまでだって我儘に成れる気がするから。

隙間を作らないように握り締めた掌に指が食い込んで爪が痛む。それでも顔を顰めたりなんかしなかった。泣いたりなんてしなかった。痛いなんて苦言を呈したりもしなかった。黙って受け入れる様はまるで自分のようでくらくらする。掴めなかった左手が背中を撫でる。それはひどく無防備で、恐ろしく無邪気で静かで優しく強かであった。

二人の黙っている時間がとても長い。それは傍から見れば、余白だらけ隙間だらけ欄外だらけ余裕だらけ余地だらけなのだろうが、そんなことはない。なんてことはない。今際の際なのだから邪魔は要らないし居てはいけない。彼には何でもあった。自分にはもう何も無かった。普段はあるはずの切っ先の盾も言葉の羅列も固まった頬も、何も必要なかった。それがないと生きていけないと思っていたのに、彼に至ってはそんなものと笑い飛ばされてしまった。

それだからというわけでもあるまいが、今更繰り返すのも烏滸がましく、やり直すには時間が足りなくて、戻る術も知らずに名前を呼んだ。いつまでも変わらない他人行儀な君付け。それ以上でも以下でも無いようなニュアンスをふんだんに盛り込んで囁いても彼は嬉しそうに目を細めた。口角が上がるから息を止めた。安らぐ場所の底が抜け落ちて、もう帰れないのだと理解しふと悲しんだ。腐り果てた地面が音を立てる。

我儘になろうか。ずっと引き止めていた感情に螺子を回して再鼓動させようか。きっと君のことで我儘になるよ。喉の奥が熱くて声を吐き出そうと息を吸い込む。勢い良く、針が飛んだ。