口を開いた瞬間、気泡が水を押し上げてゆらゆらと上っていった。入れ替わりに歯が冷たくなっていく。ごぽ、と随分嫌な音を出すもんだと思ったが、同時にそういうものかと納得もした。いつだってこの音を発してきたんじゃないのか。だからこそ自分は水槽に足を突っ込んだというのに。
揺れる水面が頭上で煌めいた。明かりとは裏腹に深くなるにつれて暗さは増していく。狭まる白色光と息苦しさ。拠り所のない浮遊感は心細くもあり、だからこそ妙な安心感も持ち合わせていた。少しだけ温かいかなぁと思いながら目を閉じた。そしたらなんだか救われるんじゃないかと思って、
「きり丸」
不意に切羽詰まったような声が聞こえた気がした。うっすら目を開けると次いで水面が割れて青白い腕に手首を掴まれた。気泡まみれの細い手は存外力強く、呆気に取られて考える間も無く引き上げられて一瞬、空を割ったのかという錯覚は仰いだ呆れる程の夏空にばさりと切って捨てられた。纏わりつく無意識の圧迫感がずるずるとこめかみから流れ落ちていく。
息を吐いて吸って鼻の痛みに顔をしかめた。息継ぎを繰り返すみっともない呼吸音とどくどくと血が巡るのが耳の奥で聞こえる。さっきまで止まっていたかのように忙しく運動する心臓。
まただ、やっぱり何処にも行けやしないなぁ。手首を握ったまま「大丈夫?」と訊いて来るその声が少しだけ懐かしいと感じてしまうなんて。
「ねぇ、なんで、分かったんだよ」
ぜえぜえと喉を押さえて咳き込む合間の問い掛けに庄左ヱ門は一回瞬きをして困ったように言った。
「だってきり丸、呼んだでしょ」
そう言って首を傾げるもんだから笑い出したい様なむず痒い感覚になる。前髪から流れる薬品混じりの水。水面下で触れた手のひら、指の感触、肩に張り付いたカッターシャツだとか。ああもう、なんかどうしようも無いね、お前。誤魔化す様に溜め息と共に呟けば少し眉を寄せた。
何言ってんだ、呼んだのはお前の方だよ。
title:彗星03号は落下した